まだ始まったばかり。なんでも前向きにめきめき挑戦し続けます 玉村梨紗


岡山生まれのシンガーソングライター、玉村梨紗です。今年の4月に上京しました。3歳からピアノを習っていて楽器や歌うことが好きでした。大人になった今も音楽に触れているときが最高に幸せな時間だと気づいて、それが今も歌ったり楽器をしている理由です。そして自分が何かを表現することで、感動だったり、元気だったり、癒しだったり…、人の感情を動かせる、そんな玉村梨紗でありたいと思います。

上京する前の活動について聞かせてください。

岡山にいたときは、短い期間でしたが、劇団に入っていました。高校のときにも演劇部に入っていたので、演じることにも興味がありました。同時期に大好きな中川翔子さんと友達になりたいと思い、業界に興味を持ってアイドルになりたいと思っていた頃もありました。(笑)その後、いろいろあって、もともとあった『平成下駄事情』というバンドに途中からドラム担当で活動させてもらいました。『岡山エンターテイメントチャレンジ』という大会に出て決勝まで行ったんですが、優勝はできず、そのままバンドは解散してしまいました。そのときの動画はYoutubeにも残っているので、よろしければ見てください。PV中ずっと笑っています。(笑)

シンガーソングライターになって、これまでどんな曲を作ってきましたか。

去年から作詞・作曲を始めました。ギターを弾きながら曲を作っています。最初に作ったのは『すやすや』という曲です。これは、忙しかったときに、寝る時間があまり無くて、「寝たい」という願望が強すぎたときにできました。あとは、『五月病』、初めて東京に出てきて作った曲です。五月病になって、腹痛、頭痛、吐き気に襲われ、本当は休みたいけど、奮い立たせるのは休んだ後の罪悪感みたいな内容です。他には、『我慢のキャパオーバー』っていうのもあります。これは、UFOキャッチャーで一万円くらい使ったのに何一つ取れなくて、泣くのを我慢していたんですが、ついに、キャパを超えて悔しすぎてゲームセンターで大泣きしたときに作った曲です。

そして最近、まだタイトルが決まっていないのですが、大好きだったおばあちゃんが亡くなったときに作りました。おばあちゃんは確かに私の前からいなくなってしまって、直接話をしたり、触れたりすることはできないので、それはとても寂しいことなんだけど、私が生きている限りおばあちゃんは記憶の中で存在しています。だから私の中では、ずっとおばあちゃんは生きていて、いつでも会える、そう思うんです。
私の場合、自分の実体験に基づく曲が多いので、詩はすぐに書けます。今後は本当に自分が作りたいと思う曲を研究してオリジナル曲を産んで育てていきたいと思います。

これまでのライブ活動について、教えてください。

ひとりでライブ活動をするようになったのは、今年の1月からです。上京する前は、岡山で2回、香川で1回、合計3回出演しました。岡山にいる頃は、路上ライブも2回ほどやったことがあります。最初に出たときは、オリジナル曲が3曲とカバーが2曲でしたが、その後オリジナルも増え、2回目からはすべてオリジナル曲を歌いました。そして、上京して6月に4回目のライブを行い、さらに7月20日にも東京でライブを予定しています。よかったら遊びにきてください♪

音楽とは別にモデルの活動もしているとのことですが。

はい、やってます。サロンモデルや撮影会モデルをさせていただいています。撮影会モデルは、野外での囲み撮影やスタジオでの個人撮影をやっています。よろしければ撮影に来てください。私は最終的には音楽活動をメインにしたいと思っていますが、モデル活動も音楽活動する上で何かの糧になると思って楽しくさせていただきています。

今後どのように活動していきたいですか。

今は興味のある色んなことに挑戦してマルチにいろいろやっていきたいです。人生は有限なので、後悔しないように毎日を全力で楽しく生きていきたいです。でも、楽しいというのは、『辛い』ことがあるからこそ『楽しい』ことがある思うんです。『楽しい』ばかりだとそのことにさえ気付けないと思うので、辛いことも楽しいことも大切にしていきたいと思います。

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