下積みの10数年は種まきでした、これから事務所として芽を出していきます 森中葵

声優事務所『ころぼっくすぷろじぇくと』代表兼、声優兼、マネージャーの森中葵です。以前の芸名からつけられたものですが、あだ名を豚の『とんとん』といいます。私の父は現原画で作画監督もしていました。母はもともと動画を描いていましたが、今は制作事務をやってます。こんな感じで、ずっとアニメの環境下で育ってきたので、アニメ業界のサラブレッドだね、と良く言われます(笑)。実は、私も両親の影響で、絵を志したことがあるんですが、すぐに自分には向いてないと気づき、いつのまにか声優を志していました。本を読むのも、ゲームするのも、音楽するのも好きで、凄い多趣味なんです。また、動物、特に犬猫が好きで、柴犬(長太郎)と雑種(たんご)の2匹を飼っています。私には、柴犬センサーというものがありまして、50m、100m先でも柴犬が通ると、ふっと反応してしまうほどなんです。

はじめに、声優になろうとしたきっかけを教えてください

実は、最初は声優になりたかったわけじゃなかったんです。母がもともと舞台が好きで宝塚のビデオやテレビ、帝国劇場の舞台を観に行くことが非常に多くて、当時から「舞台っていいなあ。」って思っていたんです。これがすべての始まりでした。小学校高学年の頃、母から面白いから読んでごらんって言われた美内すずえさんの『ガラスの仮面』、これを読んだ途端、舞台がやりたくてやりたくて仕方がなくなったんです。この頃はまだ演技の勉強とかを始めたわけではなくて、学芸会を本気でやっていた程度でした。


中学生になって、あるアニメを見たときに『声優』っていうお仕事があることを知り、興味をもつようになりました。インターネットで声優のオーディションを見つけて受験したところ、かなりの高倍率を勝ち抜き、みごとに合格してしまったんです。それでも当時はまだ中学生ったので、母から、まずは学業優先だよと説得され、結局お断りをしました。中学卒業して、また別なオーディションを受けたところ、ここでもかなりの高倍率を勝ち抜き、そこから約3年間、みっちり声優の基礎を学びました。そして三ツ矢雄二さんの『ミツヤプロジェクト(当時)』に入所し、声優の勉強をしつつ舞台を中心に活動を始めたわけです。

ということは、最初は舞台から入ったわけなんですね

そうなんです、声優目指して入所したんですが、声質とか、容姿とか、発声の仕方が舞台向きで、声優は厳しいんじゃないかと散々言われて、舞台をやるようになったんです。最初は、体づくりを中心に鍛えていただき、はじめての舞台となったシェークスピアの『真夏の世の夢』では、ハーミアに抜擢していただきました。その後、数本の舞台に出演したものの声優を目指せなかったことが悔しかったんでしょうね…、結局は舞台をやめて、声優を目指すようになったんです。

それで、改めて声優事務所に入ったんですか?

はい、22歳の時ですが、ある声優事務所のジュニアクラスで合格しまして、発声とかアクセントとかを徹底的に学びました。その後フリーとなり、すこしずつ声優としてのお仕事をいただき、ゲームとかドラマCDの声を担当させていただきました。念願のデビュー作となった2009年の『みなみけ おかえり』では、女子生徒役で出演させていただき、2011年の作品『未来日記』では、番組レギュラーとして、また、重要キャラクターの奥さんである来須直子役で出演させていただきました。さらに、『未来日記』の続編でも引き続き呼んでいただき、今度は教師役として出演させていただきました。


それと並行して『プロデュース団体Velvet』という同人サークルを主宰し、『柳國戦物語』などいくつかのファンタジー系のドラマCDの制作も行いました。その間に『アイアムエージェンシー』に所属し、堀川りょうさんのラジオ番組にアシスタントMCとして出演させていただいたりしましたが、体調を崩し、いつ治るかわからない状態だったため、やむなく退所しました。

この頃から事務所立ち上げを考えていたそうですね

はい、これまで声優として活動してきたんですが、私は声優っていうよりもプロデューサーとか、マネジメントする方が向いているかもしれないって薄々思い始めていて、いつかは自分の事務所を作ろうと決めていたんです。自分がやっているより、他の方がディレクションを受けて返すのを見て『あっ、なるほど、そうか。ならこの人の場合はこうしたほうがもっと良くなるのでは…?』とか勝手ながらも感じることが多かったんですね。今思うとなんて生意気なんだ…という感じですけれども…(笑)。


それでこの頃から、お世話になっているプロデューサーさんや監督さん方にお話を伺ったりして色々と勉強させていただきました。主に現場でのお話だったり、ディレクションの方法だったり、どう言えばちゃんと意図が伝わるのかだったりなど、マネジメント方面を中心に勉強させていただきました。この業界には、本当に上手なのになかなか芽が出ない子がいたり、言い方が悪くなってしまいますが、お芝居はあまり上手じゃないけれど、いっぱい役をもらえてる子がいるんですね。この違いっていったい何だろうって考えるようになったのが、自分の事務所を作りたいって思ったきっかけでした。

この頃、現所属の水瀬真知さんに出会ったんですね

そうなんです、水瀬真知さんに出会ったのは、今から4年くらい前のことでした。当時、彼女は徳島県からわざわざ出てきて、「凄い行動力がある子だな。」って思っていました。声優としてのセンスもどこか誰かとちょっと抜きんでているところがあったので、ぜひ一緒にやっていきたいと思い、その後も継続して、いろいろとお仕事をさせていただいたんです。

そして、ついに事務所を立ち上げたんですね

はい、今年の4月25日、思い切って声優事務所『ころぼっくすぷろじぇくと』を立ち上げました。事務所名は、私の身長が低く、友人たちや家族からころぼっくるみたいと言われていたことから、友人の提案でそう名付けたんです。事務所立ち上げには、四方八方から驚かれましたね。ずっと前から立ち上げたいって言っていたので、ついに始まるんだって応援してくれる方もいましたが、普通の会社ではなく、個人事業の事務所なので、周りからはいろいろ心配されました。特に、一緒にやろうと声掛けさせていただいた水瀬さんに対しては、心配の声が大きかったんじゃないかと思います。でも私は10数年、下積みを積んできました。この10数年は種まきだったんじゃないかと思っているんですよ。それがやっとすこしづつ芽を出してきているので、どうか信じて見守っていてほしいという気持ちでした。実は、彼女と私の目標があって、来年にはアニメに1本出ようって決めたんです。当面はその目標に突き進んでいきたいです。

『ころぼっくすぷろじぇくと』を立ち上げてからどんなお仕事をしてきましたか

まずは、やらせていただけるのであれば、なんでもやりますっていう気持ちでした。それでも先日、水瀬さんはダンスができるっていうことで、アニメのオープニングのダンスモーションのお仕事をしましたし、まだ告知できないものも何件かあるんですけれど、それらのお仕事を一歩一歩確実にこなしています。私自身は、事務所を立ち上げたことで完全に足を洗おうかなとも思っていたんですが、いろいろなところからお仕事のお話をいただき、そんなに言っていただけるのなら、やれる限りやっていこうかなって思って、二足のわらじで活動させていただいてます。

今後、どういう事務所にしていきたいですか

そうですね、まずは水瀬さんと二人で、来年までの目標を達成して、その後は事務所としてオーディションなり行って、所属声優を10人くらいまでは増やしていきたいと思っています。そしてなるべくアニメのお仕事を取れるように、私自身がむしゃらに動いていかないとって思っています。とはいえ、現在の声優のお仕事って、ゲームのお仕事の方が多いので、そっち方面も広げつつ事務所を大きくしていきたいですね。事務所に所属していただいている以上は、全員がしっかりとお仕事がある事務所でないと自分が許せないんですよ。所属者を鬱陶しいくらい愛する事務所にしたいと思っています!